アタラクシア

ネット検索からの引用です。

 『エピクロス派のアタラクシアとストア派のアパテイアはどのような違いがあるのでしょうか?』

 

 『ストア派の「アパテイア」は、感情に支配されない状態を指す言葉で、日本語では「不動心」と呼ばれる場合もあります。 彼らは、「アパテイア」の状態を理想としました。 彼らにとって「アパテイア」こそが、「アタラクシア」の状態を意味するものでした。 それに対して、エピクロス派は「隠れて生きよ」をモットーとし、いわば個人主義を掲げていました。 彼らは、政治的、経済的、社会的なものから離れ、快い「生」を送る事に専念しようとします。 彼らにとって、その状態こそが「アタラクシア」の状態を意味するものでした。 つまり、「心の平静」を意味する「アタラクシア」は、理想とされる個人の社会生活に於ける心構えとでも言えるでしょう。 この「アタラクシア」をどう捉えるか、どのような手段で得られるのか、といった点がストア派エピクロス派の違いであると思って良いでしょう。 ストア派は「アパテイアによって得られるとしましたが、エピクロス派は「隠れて生きる」事で得られるとしたのです。 よって、両者とも「アタラクシア」を目指す点には違いはないのです。』

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